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太極拳をはじめたい貴方に= まず「太極拳」の流れを理解してください。

 日本国で通常、「太極拳」といえば「楊式太極拳」をさします。


内神道公示2013年


 古代 原始武技群 老子経易経

 
   



       今から2700年も前に、名剣を造った記録があります。

    楊式太極拳の源流期; 「太極拳」という体の半分は、武技、特に「剣」が重要でした。越の欧冶子(おうやし)と呉の干将(かんしょう)

                    のうった「太阿の剣」が、綿剣の代表であり、中国史上最高の名剣でした。
                    
                    この綿剣こそ古代中国文化の偉大な結晶であり、楊式太極拳(剣)の極意の真のルーツです。

                    楊式太極拳のルーツとしての陳式から分かれたとする説は、長い中国の歴史からみれば信用性に乏しいのです。

                    また、楊禄禅福魁公は清の時代の人で、中興に完成させた太祖ということになります。

                    

                    古代本流の楊式太極拳の、もう半身のほとんどは、「老子道徳経」という血液で占められていました。

                    綿剣の玄理は、道家にはじまります。

                    そして具体的綿剣理論は「荘子」によって記され、そこには
    
                    「剣の道は、虚を以てあらわし、利をもって開き、後に発して先に至る」

                    という「説剣篇」がその道しるべを完成させたのです(内神道極意に「虚霊頂勁」というのはその奥義を継いだものです)。
 

                    日本国の沢庵禅師は、この名剣のことを「太阿記」にまとめ、その武道書を、柳生宗矩に与えたのです。

                   

                    張三豊が、本流の楊式太極拳の開祖説もあります。

                    内神道では、この説について、すでに唐の時代に源流技が存在したことを研究しております。

                    張三豊は道家の仙人ですが、その先祖は「竹林の七賢人」です。この賢人たちは古代中国の戦国期に於いて、無為

                    を求め、また武法をたしなみながらも、静坐に親しんだのです。

                    「老子の武道」の極意をよく知っていたでしょうから、内神道では静坐の文化も含めて、「竹林の七賢人」の文化伝統

                    が、本流の楊式太極拳の重要なルーツだったという結論を持っています。

                


 中世 
 楊家の拳法が加わる 荘子の思想が加わる

    楊式太極拳の中世期; 「太極拳」という体の半分の武技部分に、長江の神とされた「二郎真君」の技と伝説される「楊家の拳法」が加わりました。

                     
 また、もう半身には、荘子の哲学が、老子経の補足として、溶け込んでいきました。










   


 能の哲学は「玄」と「妙」です。奈良時代から文化構築のはじまった能は、「死」をみつめた日本国の武士道に貢献しました。

 そして、ほとんど理解されておりませんが、能は老子経とともにあった文化なのです。

 静坐の文化は禅哲学とともに「理事不二」など、きわめて深い武道魂の育成に貢献しております。

 禅もまた、老子経からの発展してきた本来は生粋の古代中国文化でした。

 古代老子経が静けさや柔和さを日本人に植え付けて、その心が独自に発展して自然や静寂を愛する日本人の心を産みました。

 一方で、中国の本流の楊式太極拳の武技は、大陸の磁場で「術」として精密に整いました。

 こうして、「法」と「道」をもつ武道と武士道の国である日本で、現代の中国の技ではなく、その以前の時代の伝統技が「術」として発掘されたときに、

 古代中国の「本流の楊式太極拳(正式には老子の武道)」の原型が、長い年月を超えて、大陸編成と日本編成を照らしました。それらが合流の時を

 得たというのです。

 「術、法、道」を合わせました。内神道という武道が発祥した瞬間でした。

 
 仏法、能、茶道、剣道、武家の書法、柔和の道、静坐の文化等が「氣沈丹田」「動中求静」等の奥義とともに、老子経の自然哲学から発して現代に、

 活きています。
 
 その大本こそ老子経の「玄」と「妙」です。その素朴な心は、最も日本人が愛し続けてきた静寂であり、誠実さであり、静かで平和な家庭生活を楽し

 むことでした。 



現中国政権の共産党指導の太極拳と将来


 楊式太極拳の近世から現代の時期; 「太極拳」という体の半分を、解体して、中国政権は「新太極拳」を作りました。

 大きくは、

 簡化式太極拳 
 その他の制定拳法 

 の、二種の太極拳です。
 
 
中国政権は、善い悪いの価値観は別にして、唯物史観ですから、基本的に「老子経」は禁止されるべきか、極端に思想を制限されるべきです。

 そこで、中国の新太極拳は、新たな政治主体の、運動体育として、考案がはじまったのです。

 この理由で、中国では、政治的に、「伝統拳」が伝わる社会構造ではないというのが原則になります。

 マルクス主義のもとの伝統と文化破壊を去るため、善き施策、善き文化を貴ぶことが要求されますが、文化大革命期の破壊事情等を考えますと

 政権の行方に用心しながら進むことも必要になります。


 
           →  解体 → 右半身から新太極拳が誕生          
  左半身=老子経   右半身=剣技術ほか
 「老子経」という体半分を除いた「太極拳」図 )


台湾太極拳と香港太極拳

  
  必ずしも、これらの地の太極拳は、宗家門とは技が一致していません。

  また「老子経」が、太極拳の原理だと知って普及させた名人は少ないようです。

  地域によっては「老子経」という自然哲学と、宗教である「道教」の混同がみられます。


  香港の太極拳の今後は、政治に因りますが、中国大陸への吸収が、不幸な「文化大革命」の再現にならないよう用心してみつめる必要がありましょう。


  台湾は、
「鄭曼青」老師 などが、深く研究をされてきて、独自の発展を展開しています。

  台湾という名称も、「台湾国」と呼ぶのも、政治的、国際的に問題視されます。
   
  日本国も含めて国際社会は、台湾に対して無理解と悲惨な歴史への援助が薄かったことが漸く認められてきております。

  台湾太極拳もこれから、中国の政策目的の太極拳との融合に向き合わねばなりません。
 
  どのように、今後、台湾太極拳、香港太極拳が進んでゆくか、慎重に見守ってゆく必要があります。



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